2017年4月19日水曜日

自転車横断帯の撤去理由についての船橋市議会議員の誤解

船橋市議会議員の石川亮氏が自身のブログで、地域住民からの質問に答える形でIKEA船橋前の交差点から自転車横断帯が撤去された理由を説明しています。

石川 亮(2017-04-17)「自転車はどちらを通ればいいの??」『石川りょう オフィシャルブログ』
船橋市役所からいただいた回答によると、国の方針として、自転車は車両として車道を通行することが原則となったため、自転車の歩道走行を誘導してしまうかもしれない自転車用の横断歩道はなるべく作らないようにしているということでした。

・・・・・・・・・わかりづらい説明なので、もっと噛み砕いて言うと、横断歩道の横に自転車用の横断歩道を作ると、自転車はそのまま歩道を走行してしまいます。自転車用の横断歩道さえなければ、自転車はずっと車道を走り続けるだろうから、それまであった自転車用の横断歩道は消してしまおう!ということで今回、消してしまったということです。

しかしこの説明には2点の誤りがあります。



1.「自転車は車両として車道を通行することが原則となった」

道路交通法では以前から一貫して自転車は車道通行が原則でした。近年変化したのは、「自転車は車両である」という法的分類を根拠に警察が自転車の車道通行を積極的に推進するようになった (*1) という点です。ただしこれは「自転車本来の走行性能の発揮を求める自転車利用者」(*1) を念頭に置いた施策であり、それ以外の利用者や、「車道を通行することが危険な場合等当該利用者が歩道を通行することがやむを得ない場合」(*1) については引き続き歩道通行を認めています。


2.「横断歩道の横に自転車用の横断歩道を作ると、自転車はそのまま歩道を走行してしまいます」

警察庁の交通規制課長が発した通達 (*2) では、自転車横断帯の撤去理由が自転車に歩道を通行させない為であるとは明示的に書かれていません:
自歩可の交通規制が実施されている歩道(普通自転車の歩道通行部分の指定がある場合を除く。)をつなぐ自転車横断帯の撤去(局長通達第2 1(2)イ関係)
 現在、自転車は、車道又は歩道のいずれを通行していても、自転車横断帯がある交差点を通行する場合にあっては、自転車横断帯を進行しなければならず、自転車横断帯が自転車に不自然かつ不合理、場合によっては危険な通行を強いることとなり得る。したがって、普通自転車の歩道通行部分の指定がある場合を除き、自歩可の交通規制が実施されている歩道をつなぐ自転車横断帯は撤去すること。
この段落で、「したがって〜撤去すること」という指示の理由として説明されているのは、車道から交差点に進入した自転車が自然・合理的・安全な動線で通行できるようにする事のみです。(自転車横断帯は大抵、車道左端の延長線上から沿道側にオフセットしているので、それに沿って通行しようとすると自転車は交差点を直進する場合でも一旦左折するような動きをしなければならない事になります。)

言い換えれば、自転車横断帯の撤去は車道を通行する自転車利用者の便宜を図る為の施策であって、歩道を通行する自転車に対して車道通行を促す為ではありません。

もちろん、歩道と歩道を繋ぐ自転車横断帯の撤去という視覚的な変化からは自転車の歩道通行をやめさせる事が目的であるとの印象を受けるのは自然です。上述の通達 (*2) でも自転車横断帯の撤去を指示する段落は「2 (2) 自転車と歩行者の分離」に収められています。

但し、同じ 2 (2) に収められている「普通自転車歩道通行可の交通規制の実施場所の見直し」の対象が、自転車横断帯の撤去の対象と一致していない点にも目を向ける必要が有ります。通達 (*2) の該当箇所の記述を以下にまとめました:


歩道通行可を取り消す歩道 撤去する自転車横断帯
対象 幅員3m未満かつ
  • 歩行者が多い
  • 自動車の速度が低い
  • 大型車混入率が低い
  • 幼児同乗自転車が少ない
などの場合
普通自転車の歩道通行部分の指定
(謂わば歩道上の自転車レーン)
が無い歩道を繋ぐ自転車横断帯

この差からは、自転車にとって車道通行が危険で、引き続き歩道通行を容認するのが妥当であると警察が判断していると読み取れる環境であっても、それとは無関係に自転車横断帯の撤去を指示している事が分かります。従って、自転車横断帯が撤去されたからといって、それが自転車利用者一般に車道通行を促すメッセージであるとは限らないのです。


石川議員の姿勢

車道通行原則に基づいて自転車横断帯が撤去されたとの理解を元に、石川議員は
この歩道は、道幅のある歩道なので、自転車も歩道を走っても良いよと近くの看板にしっかり明記してある、いわゆる「普通自転車歩道通行可の交通規制が実施されている歩道」なのです。

そりゃ、自転車ユーザーからしたら、「歩道も走っていいよ」と書かれている看板が立っているのだから歩道を走りますね。その一方で、自転車は車道を走ることが原則になったので、今まであった横断歩道横の自転車用横断歩道は消してしまった・・・。このダブルスタンダードが問題だったのです。

船橋市役所から、道路管理者である千葉県に対して、この道を「普通自転車歩道通行可の交通規制が実施されている歩道」から外すこと、つまり「歩道も走っていいよ」と書いてある近くの看板を撤去するよう申し入れを行うようにと(ダブルスタンダードの解消)、私からお願いをいたしました。
と行動を起こしています。しかし、先ほど引用した警察庁の通達からも分かるように、現在の国の自転車政策はそれ自体がダブルスタンダード的性格を帯びています。これは、危険を厭わず自ら望んで車道を通行している自転車利用者がいる一方で、安全・安心に通行できる自転車通行空間の整備が端緒についたばかりである以上、経過措置としてやむを得ないものと言えます。

なぜなら、自転車が歩道を通行する事を前提に設計された現状の幹線道路の車道は、幾ら原則だからといって、自転車が安全・安心に通行できるような環境ではないからです。これに関しては、自転車の車道通行を理論面で後押ししてきた有識者らの議論に疑わしいものがあると指摘されている (*3) だけでなく、科警研の調査で歩道より車道の方が通行台数当たりの事故件数が多く、特に死亡・重傷事故ではその差が大きい (*4) 事が明らかにされています。車道通行が原則だからと言って、自転車道などが未整備のまま自転車利用者を車道に誘導すれば、重大な結果に繋がり得るのです。


問題となっているIKEA前の交差点。
車道には停車帯などの余白が無く自転車の通行は想定されていない。

ところが石川議員は、そうした背景について吟味する事なく、原則だから、ダブルスタンダードは解消すべきだからという安易な発想で「普通自転車歩道通行可」の標識の撤去を市に働きかけています。人命に直接関わる事柄に対する姿勢としては、いささか軽率です。

なお、ここで指摘している事は本人のブログにも18日にコメントとして投稿してあるので、送信エラーなどが無く、管理者から承認されればそのうち掲載されると思います。

その他の雑感

石川議員の記事では「自転車横断帯の撤去が悪影響を及ぼしている」という住民の声も紹介されています:
【自転車用の横断歩道があった時】
多くの自転車が自転車用の横断歩道を渡っていたため、歩行者は自転車が来る場所を予想できたので危険ではなかった。

【自転車用の横断歩道がなくなってしまった後】
相変わらず自転車は歩道を走行しているにもかかわらず、自転車用の横断歩道が消えてしまったがために、今度は、自転車が横断歩道のあらゆるところを走行するようになったため、歩行者にとってはどこから自転車が来るのかわからず、危険になった。
正直これは意外でした。私が今まで見てきた範囲では、自転車横断帯を歩く歩行者もいれば隣の横断歩道を渡る自転車もいて、自転車横断帯があまり効いていない印象が強かったのですが、歩行者と自転車の分離効果を実感していた人もいるんですね。

だとすると、自転車横断帯にはその他にも安全に資する機能が有ると言えるかもしれません。自転車横断帯は横断歩道よりも車道中央側に配置され、沿道側には引かれませんが、これは幹線道路と生活道路の無信号交差点で、生活道路から出てくる車との出会い頭衝突に対し、安全マージンが大きい車道寄りに自転車を誘導する効果が期待できます。同様の捉え方をしている先行研究 (*5) も有りますね。この観点からは、いま各地の警察が進めている自転車横断帯の闇雲な撤去は考えものです。(過去記事「内堀通りと白山通りの自転車ナビマーク」も参照)


参考文献

  1. 警察庁交通局長(2011-10-25)「良好な自転車交通秩序の実現のための総合対策の推進について
  2. 警察庁交通局交通規制課長(2011-10-25)「良好な自転車交通秩序の実現に向けた自転車通行環境の整備について
  3. ランキング日記(2014-06-08)「自転車は本当に車道のほうが安全なのか?
  4. 横関 俊也・萩田 賢司・森 健二・矢野 伸裕(2015)「自転車の事故率比による通行位置別の危険性の分析―昼夜での比較―」『第51回土木計画学研究発表会』
  5. 佐々木 正大・浜岡 秀勝(2007-10)「自転車の走行挙動に着目した自転車事故防止対策に関する研究」『交通工学研究発表会論文報告集』27, pp.293–296