2016年3月27日日曜日

自転車道撤去と車道混在通行化——ハンブルク市民の憤慨

北ドイツ放送の公式サイトに「自転車道撤去に利用者憤慨」と題された映像レポートが公開されています。

Christian Jekat. (2016-03-21). "Radweg abgerissen: Radfahrer sind empört". NDR.de

2018年8月3日追記{web archiveに記事ページだけは残っているが、埋め込み映像は見られない。

日本と似たような病に冒されているドイツの自転車政策の混乱から、教訓を読み取っていきます。




映像中の音声はドイツ語で私には分からないので、同レポートを英語に書き起こした

Schrödinger's Cat. (2016-03-23). "Cycleway removed, people are angry". The Alternative Department for Transport.

の記事を参考にしました。





事態を大まかに纏めると、

Schrödinger's Cat. (2016-03-23) の一部を要約
ハンブルク市中心部にあるアウセンアルスター湖畔の自転車道は、歩行者と交錯する事なく、湖を眺めながら走れる環境として、通勤やレクリエーションで人気の路線だったが、市はこの自転車道を撤去して、並行する車道をサイクル・ストリート(fahrradstraße)に転換し、自転車にそこを走らせる計画を進めている。

サイクル・ストリート化が為されないまま自転車道が撤去された一部区間では、自転車利用者が車道上でドライバーから暴言を浴びたり、路上駐車に道を阻まれたり、急なドア開けを警戒しなければならない状況で、通学でここを通る子供には無理だとの声が上がっている。

ADFC/*訳注1*/の地方支部会員は、この路線は車の通行量が少なく幅員も広い/*訳注2*/ので、誰もが安心して車と混在通行できる一方、従来の自転車道は狭く歩行者との交錯も有ったので、車道混在通行化は合理的だと主張。ハンブルク市の交通担当者も同様の見方。

しかし利用者は、実際は車の通行量が多く、制限速度も守られておらず、頻繁に危険な目に遭っていると反論。

/*
訳注1 
日本の自転車活用推進研究会に似たドイツの組織。
訳注2 広すぎる道路は車の速度超過の誘因になるので、自転車と車の混在通行環境としては相応しくない。
*/
という状況のようです。





このリポート映像が実に良く出来ていて、
  • ADFC会員が車道混在通行への支持を語っている最中に、その背後で一人の自転車利用者が歩道をすいーっと走って行ったり、
  • 市民とリポーターの1対1のインタビューに留まらず、一般市民 vs ADFC会員や、一般市民 vs 市の担当者の直接対決の様子を収めたり、
  • リポーターが市の担当者に、相手の体面に一切配慮せずに痛烈な批判を浴びせたり
と、日本の報道では中々見られない切れ味鋭い内容になっています。(北ドイツ放送って公共放送だよね?)

まあそのお陰で、ADFC会員や市の担当者の脳内イメージや理屈が、一般市民のそれとは懸け離れている事を浮き彫りにできているんですが。





この報道の中で、日本にとって特に他山の石とすべき部分は、一般市民とADFC会員の論争の場面でしょう。

Schrödinger's Cat. (2016-03-23) の一部を翻訳
一般市民: 私は今週に入ってもう3回も危険な目に遭ってるんだ。自転車利用者の為のロビー活動をしているそうだが、ここは車通りの多い道だ。自転車で走るには向いてない。

ADFC会員: それは違う。この道路はサイクル・ストリートにするのが最適なんだ。

一般市民: 車が50km/hで追い越していくのにか?

ADFC会員: ドライバーはそんなにスピードを出すべきじゃない。

一般市民: それでも現実にそうしてるんだ!

あぁ゛ー! 議論が噛み合ってないー! ADFC会員は「こうあるべき」という建前を前提に話していて、現実の交通実態を見ていないんですね。これは市の担当者も同じです。

Schrödinger's Cat. (2016-03-23) の一部を翻訳 
市の担当者: 正直に言って、何を疑問に思われているのか分かりません。この通りは車を運転する人がとても少ないですから、自転車利用者は安全に車道を走れます。何が問題なのか分かりません。

/* 中略 */

一般市民
: あなたは普段ここを通っていないんだ。

市の担当者: なぜそう言い切れるんですか?

一般市民: ここを自転車で通る殆どの人は市の計画を笑いものにしている。

市の担当者: それは違います。

一般市民: 実際に車道を走っている自転車利用者は危険に曝されている。見てご覧なさい。[通りかかった大型観光バスを指差して]ああいう種類の車が走っている。私自身、何度か危険な目に遭っている。命に関わる危険なんだ。毎分1台は通るし、ドライバーはサイクル・ストリートや20mph/* 約32km/h */制限なんて気に掛けない。

こちらでは、通行量や大型車混入率について市の担当者が客観的な数値を示せていません。これもまた議論が噛み合ない一因ですね。

一応、市の担当者を擁護すると、サイクル・ストリート化は2017年との事なので、(未完の状態でなぜ先に自転車道を撤去した、という批判は成立するにしても)車道混在通行が命の危険に繋がるという反論は、いずれ無効になるでしょう。

ただ、もし仮に車道混在通行が許容可能になったとしても、それが最適かどうかはまた別の話です。車のストレスを受けず、歩行者とも交錯せず、静かに湖の風景を楽しみながら走れる自転車道という、より優れた選択肢が有るのなら、そちらを選ぶのが合理的です。





最後に、この件から得られた教訓を纏めます。
  • 客観的な基準を示さずに主観印象に基づいて議論するのは不毛。
  • 建前上の規制値ではなく実勢値に基づいて議論すべき。
  • 「(私にとって)安心」を「誰にとっても安心」にすり替えた主張に要注意。
  • 容認可能な案が魅力的な案とは限らない(acceptable ≠ attractive)。
  • 過渡期であっても安全性への配慮は必要。


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