2015年5月7日木曜日

視距が足りない!


日本の自転車道設計基準は視距の値が小さ過ぎます。

2016年9月4日 文体を変更


1974年に建設省(当時)の都市局長・道路局長が各地の建設局や都道府県・市町村の首長などに向けて通達した文書です。この中に視距の最低基準を定めた記述が有ります。


建設省(1974, p. 1)
1-3 用語の定義

/* 中略 */

(2) A種の自転車道 B種の自転車道以外の自転車道等をいう。
(3) B 種の自転車道 自転車道等のうち、屋外レクリエーションを主たる目的として設置されるものをいう。

建設省(1974, p. 3)
自転車等の設計速度は、次の表の設計速度の欄の左欄に掲げる値とし、地形の状況、その他の条件によりやむを得ない場合には、設計速度の欄の右欄の値まで縮小することができる。

種別 設計速度(単位:キロメートル/時)
A 種の自転車道 15 10
B 種の自転車道 30 10

建設省(1974, p. 5)
5-4 視距
視距は、A 種の自転車道の場合は 7 メートル、B 種の自転車道の場合は 15 メートル以上とすることが望ましい。地形の状況その他の特別の理由により、やむを得ずこの値がとれない場合には、必要な措置をとるものとする。

設計速度を半分にして小数点を切り捨てただけ?

2015年5月27日追記

と思っていましたが、この数値は或る実験を根拠にしているらしいです。詳細が分かり次第追記します。自分自身でも制動実験をしてみようかな。


2016年9月4日追記

反応時間1秒に、実験で得られた制動停止距離を加えた値らしいです。

自転車道技術技術基準調査特別委員会「自転車道等に関する技術基準調査報告」『道路』1973年8月号, pp.68–76


この基準値がどういうものかというと、
  • 15 km/h(約 4.166 m/s)で 7 m を走ると 1.68 s
  • 30 km/h(約 8.333 m/s)で 15 m を走ると 1.8 s
ですから、仮に自転車道の前方で何か異常事態が発生しても、ブレーキはおろか反応さえ間に合わずに衝突してしまうレベルです。

国交省の基準値と実際の停止距離の関係(再掲)

「やむを得ずこの値がとれない場合」じゃなくても「必要な措置」が必要だと思う。


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では、本来必要な視距はどう算出すれば良いでしょうか。


空走距離

2016年9月4日追記{車の場合、アクセルからブレーキへのペダルの踏み替えも有るので、運転者が異常に気付いてブレーキ操作を始めるまでの空走時間は普通、2秒程度が想定されますているようです/*2015年5月20日訂正*/。もちろん、高齢者など反応の遅い運転者の場合は更に余裕が必要でしょう。これについて詳しくは、
  • 牧下 寛(2006)『安全運転の科学』九州大学出版会
の p. 78、p. 90 などが参考になります。


制動距離

制動距離は、交通事故などの文脈では車両のブレーキ性能や運転者の技量とは無関係に、
  • 初速と
  • 重力加速度と
  • 路面の摩擦係数
から求める式が使われていますが(タイヤがロックして滑る前提なんですかね? ABSが働いたり、ドライバーが躊躇してブレーキを踏み込み切れなかったらどうなるんでしょうか)、自転車の場合はブレーキが強過ぎると運転者が前方に投げ出されたり、後輪が横滑りして転倒する恐れが有るので、このような物理的な限界を求める式が果たして妥当なのか疑問です。

一方、オランダの自転車インフラ設計指針である
  • CROW (2007) Design manual for bicycle traffic
は、自転車走行空間の視距の算出に減速度を用いています。

CROW (2007) p. 50
/*前略*/ (assuming a reaction time of 2 seconds and a speed reduction rate of 1.5 m/s2).
1.5 m/s2は 5.4 km/h/s なので、CROWが想定している減速度は一般的な電車の非常ブレーキ(4.5 km/h/s)の1.2倍くらいですね。2016年9月4日追記{電車基準では結構強めの制動力です。

ただ、これは緊急制動に必要な視距であって、それとは別にCROW(2007)は、
  • 快適な巡航に必要な視距や、
  • 車道の横断待ちをしている時に、接近する車を見通すのに必要な視距
など、更に大きな値を要求する基準も併せて示しています(pp. 50-51)。

うーん、比べれば比べるほど日本の幼稚さが際立つな。

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計算式

減速度を元に停止距離を求める式。表計算ソフトに写しやすい書式で書いてみました。
  • 空走距離 = 初速 * 反応時間
  • 制動時間 = 初速 / abs( 減速度 )
  • 制動距離 = 初速 * 制動時間 + ( 減速度 * 制動時間^2) / 2
  • 停止距離 = 空走距離 + 制動距離
単位は、
  • 距離 m 
  • 時間 s
  • 速度 m/s
  • 減速度 m/s2(※加速の逆なのでマイナスの値)
です。


交通法規との関係

日本の交通法規は自転車の制動装置について

道路交通法施行規則 > 第9条の3 > 2号(最終閲覧日:2015年5月7日)
乾燥した平たんな舗装路面において、制動初速度が十キロメートル毎時のとき、制動装置の操作を開始した場所から三メートル以内の距離で円滑に自転車を停止させる性能を有すること。 
と定めているので、想定減速度は約 4.63 km/h/s です。CROW (2007) が想定する減速度より低いですね。(現実には整備不良で碌にブレーキが利かない自転車も結構走ってるかもしれないので、そういう自転車にとっては意外と厳しい値かも。)

ですが、法令で最低基準として定めた以上、そんな甘いブレーキの自転車でも安全に止まれるだけの視距を走行インフラの側でも確保させないと、(人・車両・道路から成る)一つのシステムとして破綻している事になります。

試しに減速度を 4.63 km/h/s として、30 km/h からの停止に必要な距離(空走2秒の距離も含む)を計算すると、
43.66 m
です。以上から、日本国内の法令・通達の整合状況をまとめると、
  • 車両に求める停止距離 43.66 m
  • インフラに求める視距 15 m
全然足りてない。


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さて、この明らかに欠陥のある基準値、そうは言っても今はもう廃止されてる古い基準でしょ?と思ってたら、
の〈参考-III-50(pdf p. 202)〉にそのまま引用されてました。

まさか誰も欠陥に気付いてない?
40年近く経った今でも?

俄かには信じがたいな……。


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補足

自転車インフラの設計基準というと自転車の視点だけで考えがちですが、事故防止の為には、自転車道を横切る歩行者やドライバーの視点を基準にした視距も重要ですね。