2014年8月31日日曜日

偽りの二分法

東京都知事が記者会見で自転車政策に言及しましたが、
質問する記者も、回答する舛添知事も、
自転車走行インフラの形態は

安心だが遅い(歩道上)
or
不安だが速い(車道上)

のどちらかしか無いと思い込んでいるようです。
典型的な false dichotomy(偽りの二分法)に陥ってますね。



自転車大国オランダがあれだけ高い自転車利用率を
実現できているのは、第三の選択肢、

「安心かつ速い」自転車道

を積極的に普及させてきたからです(幹線道路の場合)。
そしてその結果、自転車が子供から老人まで、誰にとっても
手軽で便利で魅力的な移動手段になっているからです。


Barchman Wuytierslaan, Amersfoort, Nederland
Google Street View より)

日本の車道を見てください。クルマの安全とスピードを両立できています。
幹線道路だからといって「怖くて運転できない」なんて事はありませんね。
それと同じ環境を自転車にも与えようというだけの話です。

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日本では
ヨーロッパの自転車先進国では
自転車レーンが普及しており、
自転車道はむしろ後進国に多い。
という謬見が罷り通っていますが、
世界で最も自転車が利用されているオランダの現実は逆です。

オランダの自転車走行インフラの形態別割合
(数字は David Hembrow 氏の2014年4月24日のブログ記事に拠る)

イギリスもアメリカもカナダも、
ここ数年で自分たちの間違いに気付き始め、幹線道路では
単にペイントしただけの自転車レーンから
縁石などで構造的に分離した自転車道に方針転換しつつあります。

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日本では、交差点での事故リスクを指摘して、
自転車道より自転車レーンの方が
(危なそうに見えて)実は安全なんだ
と主張する反対論者の勢いが強いですが、
その根拠になっている論文が
どの国で書かれたものなのか
まで意識していますか?
交差点での自転車事故を防ぐ設計上のノウハウを
ほとんど何も持たないアメリカですよ?

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ドライバーの視界から外れがちな自転車道が
交差点で危ない事はオランダだって百も承知です。

だからこそ、交差点でサイクリストとドライバーの
相互認識を再び確立させるにはどうすれば良いか、
試行錯誤を繰り返してノウハウを積み上げてきたんです。



そしてこのノウハウは最近になってやっとアメリカにも伝わり始めました。


Protected Intersections For Bicyclists from Nick Falbo on Vimeo.

日本はこうした動きを知らずに相変わらず海外の過去の失敗事例を
コピーしようとしているわけで、周回遅れも良い所です。

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そもそも、何故いま自転車インフラを整備しようとしているのか、
本来の目的を見失っていませんか?「自転車の事故を減らす事」?
それは単なる前提条件であって、目的ではありません。

今より多くの人が、今より多くの機会に、今より長い距離を
自転車で移動するようになって、
  • 人々が健康になり、社会のストレスと医療費負担が減る
  • 空気が綺麗になったり、ヒートアイランド現象が緩和したりする
  • 路駐や渋滞対策に費やされてきた空間を有効利用でき、街が活気づく
  • 電車やバスの混雑が緩和し、共働き世帯の託児先の選択肢が増える
そんな未来を実現したいからでしょ?
だったら、現状の自転車利用パターンの
  • 買い物や子供の送迎でせいぜい 2, 3 km しか走らない多数派
  • 車道で車に脅えながら 5 km, 10 km と通勤する少数派
だけを念頭に置いた策では到底足りません。

2014年9月1日追記
ん? ここの記述ちょっとおかしくない?

山手通り
設計者の無知が空間を無駄にする。

  • 子供、学生、会社員、高齢者
  • 買い物、送り迎え、通勤、通学
あらゆる人々のあらゆる移動需要に応えられるように、
安心も安全も快適性もスピードも、全てを同時に満たせるインフラが必要です。
それを追求し続けているのがオランダであり、日本が見習うべき手本です。

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舛添知事は今回の会見で、
私はもっと多くのママチャリの方の気持ちを代弁したいと思っています。
と言いました。

「気持ちを代弁」というと聞こえは良いですが、
大衆は与えられたインフラに応じて受動的に振る舞っているだけです。
人間社会の持続可能性など本気で考えていません。
そんな民衆の意見を代弁したって仕方無いわけです。

2014年9月25日追記

いやいや、安易に「民衆」と見下すのも間違ってるだろ。
将来世代への責任感や展望を持ってちゃんと考えている人は沢山いるし、
内心では「今のままじゃ駄目だ」と思いつつも、
社会を動かすのがあまりにも骨の折れる作業だから、
悶々としつつも現状の環境に合わせているだけかもしれない。


もちろん、
「子供乗せ自転車で車道を走るのは怖い」とか、
「自転車道が一方通行では不便すぎる」という
市民の率直な感覚を無下にせず、
丁寧に拾い上げている知事の姿勢は高く評価できます。

この点に関しては、双方向通行と聞けば即「間違い」と決め付けて、
利用者が感じる利便性や、車とのコンフリクトポイントの最小化などを
度外視する“自転車推進派”の市民の方が愚かです。

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しかし、
多数派はママチャリなんだから、
低速・短距離利用の自転車にだけ対応できればそれで良い
と、インフラの質の目標水準を引き下げるのであれば大問題です。

都知事はあくまでも高い視点に立って、
広範な政策課題を見渡し、遠い将来まで見通して
大局的な判断をすべきです。

民衆と同じ低いレベルに降りて来て
愚策を弄していたのでは話になりませんね。

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