2014年2月19日水曜日

国会会議録——自転車を歩道に上げるまで (3)

自転車を歩行者と混在させるのは危ないと、
当時から予想されていたんですね。



参議院・建設委員会(出典URL
1970(昭和45)年3月26日
○説明員(井口孝文君)

// 中略

それから特に自転車と歩行者との関係でございますが、従来歩道であったものをこの法律にいう部分としての自転車歩行者専用道路といったようなことで指定してまいりますと、ただいま御指摘ございましたように、今度はかえって歩行者に対して有害であるというような場合が多分に出てまいろうかと思います

一応今度の道交法の改正措置では、法律的な措置といたしましては、この場合自転車は歩行者の通行を妨げてはならないというような規定を設けておりまして、これに違反すれば罰則がかかるというような規定を設けたわけでございます。しかしながら罰則がございましても、現実にはなかなか、そういった事例が多くなればたいへん困るわけでございます。

実際の問題としてどうなるか。これもやはりその道路の幅員の問題とも関係してまいりますが、でれきばペイント等によって区画をいたしまして、同じ自転車歩行者専用道路の中でも、自転車の通行部分と歩行者の通行部分とを分けることが望ましいというように考えております。

この場合いまの規定がございますから、ペイントで書きまして歩行者の通行部分を越えれば歩行者の通行を妨げたということで罰則を適用するという形態になろうかと思います。

まさに井口君の懸念通りになりましたよ。

幅員に関係なく全ての歩道が自転車通行可と拡大解釈され、歩行者とのトラブルが日常茶飯事になっています。分かっていて何で引き返さなかったんでしょうね。

そしてこれも予想通り、歩行者と自転車のトラブルがあまりにも多いので、罰則が有っても取り締まりが追い付きません。たいへん困った事態になりました。

それからペイントは、自転車の通行位置には或る程度の影響力を発揮しましたが、歩行者が線を無視して自転車の方に入ってくるので、自転車はそれをよけて歩行者の方に入るという事に。



参議院・建設委員会(出典URL
1970(昭和45)年3月26日
○宮崎正義君

けっこうです。構造令のことで道路局長にちょっとお伺いしたいと思いますが、この第二条に歩道、車道、緩速車道というものがございます。この緩速車道の中に「主として自転車、荷車等の緩速の車両の通行の用に供することを目的とする車道の部分をいう。」ということになっております。

この自転車が今度は歩道と一緒になるわけですね。自転車道というものと、それから歩道とが一緒になってくるというようなことになりますね。

また自転車の専用道路ということも考えられているわけですね。

そしてあと残るのは荷車ということになるわけでございますが、これはどんなふうに考えておいでになりましょうか。

この時代はまだ緩速車道が残っていました。現在でも大阪の御堂筋などにその名残りが見られますね。

緩速車道は、クルマが本格的に普及する以前はリヤカーや自転車などの通行空間として合理的な存在だったようですが、クルマの激増で渋滞が深刻化すると、この贅沢な空間は、

もっと道路をよこせ!

というドライバーの侵攻圧力に曝されます(*)。

* 御堂筋では2006年、かつての緩速車道の端に自転車道を設置する社会実験が行われました。残念ながら自転車道の設置は1ヶ月だけの期間限定だったようです。報告書は今後の課題として、
  • 渋滞悪化
  • 荷捌きトラック
  • バス・タクシー
を挙げていますが、どれもクルマの利便性を手放したくないという本音が透けるものですね。1970年代から価値観が変わっていません。

そういう構図の中で提出されたのが「自転車を車道から追い出してしまおう」という提案で、そうなれば後はリヤカーが何とかなればクルマの領土拡大の障害は一掃できるのだが——という文脈での質問ですね。

なお、最後の方にチラッと言及されている「自転車の専用道路」は、(「自転車道」と名前が紛らわしいですが、)河川敷などに整備されるサイクリングロードの事です。実際にはその殆どが歩行者との共用ですが。



参議院・建設委員会(出典URL
1970(昭和45)年3月26日
○政府委員(蓑輪健二郎君)

実はその道路構造令、先ほどから言っておりますように、これを改正したいということでいろいろ案をつくっておるようなわけでございます。

その案の中の骨子は、やはり車道と歩行者、自転車が分離するというような幹線道路については分離するという考えでございまして、一番自転車が多いところでは、車道の外に自転車だけの通る自転車道をつくって、その外に歩道をつけるというようにただいま考えております。

ただ非常に自転車も少なく歩行者も少ないような場合には、いまの自転車道と歩行者道を合わせた自転車歩行者道をつくろうという考えでございます。

その場合に荷車はどうするかということでございますが、これは実際いまのところ荷車はほとんどないということで、もしか必要ならばいまのそういう自転車道のほうを通ってもらうということになろうかと思います。

「一番自転車が多い」って、どの範囲での「一番」なんでしょうか。「日本国内」で? 

それから、車道の外に自転車道、その外に歩道という説明の仕方には当時の価値観が濃厚に反映されていますね。

これだと、既存の車道はそのままに、その外側に自転車道と歩道を追加する、つまり沿道の土地を買収して拡幅する必要が有ると言っているように取れます。これでは誰もが実現可能性を諦めてしまいます。

車道として使っている部分の端を柵で区切って自転車道にするという案も有りましたが、


参議院・本会議建設委員会出典URL)/* 2017年6月19日訂正 */

1969(昭和44)年7月8日
そんなことをされたら、これは困ると思うのですがね。

——松永 忠二(政治家・参議院議員)

というのが、クルマという欲望に取り付かれた当時の日本人の反応でした。(今も大差無いか。)

【自転車も歩行者も非常に少ない場合】という条件は、今ではもう完全に打ち捨てられましたね。自転車、歩行者の通行量に関係なく、自転車歩行者道が各地で増殖していってしまいました。

蓑輪道路局長は最後に荷車について言及していますが、道路構造令では自転車道の幅員を「二メートル以上」としていますから、リヤカー(全幅は1m以上有る)の事は何ら考慮してませんね。

その後、各地で整備されていく自転車道(但し、その多くは歩道上の〈自転車道もどき〉)は、この構造令の最低基準にべったり貼り付くように、どれも 2.0 m 幅です。

この幅の中では、リヤカー同士はおろか、リヤカーと自転車のすれ違い・追い越しすら難しいでしょう。



参議院・地方行政委員会(出典URL
1970(昭和45)年4月2日
○竹田四郎君

次は自転車の問題ですが、確かに自転車が車道を走って、それによって事故が起きるというとと/*原文ママ*/は、これは非常に多いですから、自転車をなるべく車道から除くということは私はけっこうで、賛成だと思います。それで、自転車は公安委員会の定めるところに従って歩道を通行することができるというふうになったわけです。

ただ、今度は歩道に自転車を移して、なるほど自動車と自転車との事故というのは、これによって非常に避けられると思うんですが、今度は自転車と歩行者、特に私はそういう歩道、車道の区別のあるようなところにおいては、特に小さな子ですね、幼児、こういう子と自転車とがぶつかるという場合が非常に多いと思うのですね。だから、なるほど自転車と自動車のあれはいいけれども、今度は幼児と自転車との交通事故というものが起こるのではなかろうかと思います。それから、幼児のほうも、ここは歩道だからという考え方ですから、自転車なんかそんなにくるとは思っておらない。あるいはおかあさんに連れられて、小さな子というのは、おかあさんが荷物を持っていて、離れて一人よちよち歩く。四つか五つになれば歩道を走り回って行くだろうし、

そういうことになりますと、どうも自転車と幼児との事故はどう防ぐか、この点お聞きしたい。

その質問は法改正前にも聞きました。



参議院・地方行政委員会(出典URL
1970(昭和45)年4月2日
○政府委員(久保卓也君)

自転車の事故は全体の事故の中で、常に一二、三%を占めておりますので、何とか特に自転車の死亡事故を減らしたいと考えておるわけでありますが、その一環として今度の改正は役に立つと思っておりますが、

ただ、お話のような事態がおそらくありまするけれども、そのおそれのあるような歩道について、自転車は通さないということであります。

私どもがよく見ます地方の道路の中で、人の通行があまりなくて、しかも歩道が非常に広いというようなところがあります。現に今日でもこれは法律的な根拠はなくって、実際の指導上、歩道の上を自転車を通らしているところもあります。

そういった実態を現実にこの法律の上で表現しようということでありまして、事実上のやり方としましては、たとえば広い歩道について、白線を引いて、その中で自転車を通らせるといったようなやり方もあろうかと考えます。

いずれにしましても、人のある程度通るようなところにつきましてはあまり考えられない。非常に人の通行量の少ないところについて考える。しかも歩道の非常に広いところです。そういったようなところが相当数あるように、私は全国的に見ますと、あると考えております。

当時の警察庁交通局長の発言です。約束は守られませんでした。

ところで、歩行者が殆ど通らないような所に何で歩道が有るんでしょうね。歩行者よりは自転車の方が移動範囲が広いんだから、町外れの道路は
車道+歩道
ではなく、
車道+自転車道
で構成した方が合理的なのに。実際、オランダではそういう道路が結構有って、稀に通る歩行者には自転車道を歩かせています(*)。

* オランダの道交法、RVV 1990 の4条2項を参照。
* このブログの過去記事 アームスフォートの自転車環境 (3) 歩道 も参照。

ところが、自分では自転車に乗らない人たちは、日本の地方の歩道を見て、
歩道が空いてるんだから自転車はそこを走れば良い
などと言いますよね。歩道と自転車道では、求められる構造仕様が全く違うという事を知らないのでしょう。自転車道の場合は、

  • 縁石などの段差、急な屈曲や勾配変化は極力避けるのが好ましい
  • 舗装は車道並みの高水準な仕上げで、高い平滑度がある事が望ましい
  • 自転車は歩行者よりずっと速いので、交差点や駐車場の出入り口などで
    出会い頭衝突しないように、沿道の塀や建物から数メートルのバッファが必要

なので、歩行者の通行しか念頭に置かずに設計・施工された歩道では、
自転車が安全・快適に通行できません。


---


シリーズ記事一覧

国会会議録——自転車を歩道に上げるまで (1)
国会会議録——自転車を歩道に上げるまで (2)
国会会議録——自転車を歩道に上げるまで (3)