2013年3月8日金曜日

最大幅規制の矛盾

2015年3月30日 本文を全面的に書き換え

道路交通に関する法令には、車が狭い道路を通行する事を禁じる規定が有りますが、なぜか抜け道が幾つも用意されており、実質的に規制が働かない状態になっています。



1 車体幅を制限する法令

道路法(道路の管理や保全に関する法律)の下位法令に車両制限令という政令が有ります。この中に、道路を通行する車両の幅を制限する条が有ります。
(幅の制限)
第五条  市街地を形成している区域(以下「市街地区域」という。)内の道路で、道路管理者が自動車の交通量がきわめて少ないと認めて指定したもの又は一方通行とされているものを通行する車両の幅は、当該道路の車道の幅員(歩道又は自転車歩行者道のいずれをも有しない道路で、その路肩の幅員が明らかでないもの又はその路肩の幅員の合計が一メートル未満(トンネル、橋又は高架の道路にあつては、〇・五メートル未満)のものにあつては、当該道路の路面の幅員から一メートル(トンネル、橋又は高架の道路にあつては、〇・五メートル)を減じたものとする。以下同じ。)から〇・五メートルを減じたものをこえないものでなければならない。

/*以下略*/
今回の文脈では5条1項が重要なので、同条の2項以降や次の6条は省略します。で、この5条1項は平たく言うと、歩道の無い道路では[道路幅 - 1.0m]が車体幅の上限だという規定です。例えば道路が3.0m幅なら車は2.0m幅までという事ですね。


また、特に必要が有る場合は最大幅を示す道路標識が立てられます。この標識の意味は、総理府・建設省令(現在は内閣府・国土交通省令)の道路標識、区画線及び道路標示に関する命令の別表第一で、
種類 番号 表示する意味
最大幅 (322) 車両制限令第五条又は第六条の規定により定まる車両の幅(積載した貨物の幅を含む。以下この項において「最大幅」という。)をこえる幅の車両の通行が禁止されていることを示すこと。
と定められています。



2 法令違反が日常化?

しかし、うちの近所では幅2mにも満たない狭小路を3ナンバーの乗用車や小型トラックなど比較的大きな車が日常的に通行していて、電柱や町内会の掲示板、民家のブロック塀や生垣をギリギリで掠め、時に破壊しています。当然、車が来れば歩行者は立ち止まって壁に張り付く必要が有ります。

このような狭小路に入ってくる車は明らかに車両制限令に違反していますし、実害も出していますが、なぜ取り締まりを受けないのでしょうか?

その背景には、制度に隠された矛盾が有りました。



3 そもそも車体幅とは?

車体幅という概念、一見自明なようでいて、正確な定義はあまり知られていません。道路関連の法、令、規則、基準、告示などを見ても定義は載ってなくて、探し出すのにかなり苦労しましたが、実は次の資料に書かれています。

自動車検査法人の規程というページから審査事務規程(PDF)をダウンロードし、その中の「4-2 長さ、幅及び高さ」というリンクからまたPDFに飛ぶと、やっと目的の情報に辿り着きます。(この記事を公開した2013年時点では更にもう一段階リンクを辿る必要が有りました。何なんだ、この多重防壁。)

さて、その中身ですが、車体幅の測定条件について、
(1)

/*中略*/
④ 車体外に取付けられた後写鏡、4-89の装置及びたわみ式アンテナについては、これらの装置を取外した状態。
/*中略*/

(2)自動車の長さ、幅及び高さは、(1)の状態の自動車を水平かつ平坦な面(以下「基準面」という。)に置き、巻尺等を用いて次に掲げる寸法を測定した値(単位は cm とし、1cm 未満は切り捨てるものとする。)とする。
と規定しています。ドアミラーは車体幅に含めないという事です。

これに倣ってか、自動車メーカーも諸元表にはドアミラーを含まない幅しか記載していません。しかし、実際の車体幅は左右のミラーの分、諸元表に記載された値より30cmほど広くなります。(但しフェンダー・ミラーならそれほど張り出しません。)

ドアミラーは折り畳めば車体幅を小さくできますが、狭い路地に入る度に全てのドライバーが随時ミラーを畳んでいるかというと、そんな事は無いですね。

これが第一の矛盾です。



4 規制の抜け穴

車体側だけでなく道路側にも規制を骨抜きにする抜け穴が用意されています。標識で最大幅が規制されている道路について、道路交通法は以下のように例外を認めています:
第八条  歩行者又は車両等は、道路標識等によりその通行を禁止されている道路又はその部分を通行してはならない。

2  車両は、警察署長が政令で定めるやむを得ない理由があると認めて許可をしたときは、前項の規定にかかわらず、道路標識等によりその通行を禁止されている道路又はその部分を通行することができる。
あ、ここ、「定める」の動作主が「署長」だと誤読できてしまいますね。悪文です。直すなら、「政令で定められたやむを得ない理由があると警察署長が認めて……」かな? 本題に戻って、ここで言う政令とは道路交通法施行令の事です:
(通行を禁止されている道路における通行の許可)
第六条  法第八条第二項 の政令で定めるやむを得ない理由は、次の各号に掲げるとおりとする。

一  車庫、空地その他の当該車両を通常保管するための場所に出入するため車両の通行を禁止されている道路又はその部分を通行しなければならないこと。

二  身体の障害のある者を車両の通行を禁止されている道路又はその部分を通行して輸送すべき相当の事情があること。

三  前二号に掲げるもののほか、貨物の集配その他の公安委員会が定める事情があるため車両の通行を禁止されている道路又はその部分を通行しなければならないこと。
地区住民が自分の車を自宅の車庫に入れる為なら仕方無いという例外規則ですが、そもそも法令が車両の最大幅を制限しているのは、車が歩行者に危害を加えたり、道路施設を破壊したりするのを防ぐためです。

車両制限令
(趣旨)
第一条  道路の構造を保全し、又は交通の危険を防止するため、道路との関係において必要とされる車両についての制限は、道路法 (以下「法」という。)に定めるもののほか、この政令の定めるところによる。
いくら住民の車とはいえ、無理やり狭い道に進入すれば、歩行者を脅かしたり、縁石や民家の塀・柵を破壊してしまう事に変わりは有りません。

また、最大幅が規制されるような狭くて(2〜3m幅)走りにくい道を通行するのは、(それが抜け道としてよほど便利な道でない限り)主に住民の車です。規制対象の大部分を見逃してしまうのでは規制の意味が有りません。



5 本当に「やむを得ない」の?

車庫に入れるためだから仕方ないというのは一見合理的な根拠のように聞こえますが、普通なら、引越しをしたり車を購入したりする時点で、車庫までのアクセス路が充分に広いかどうか分かるはずですし、警察も車庫証明の申請を却下する事で、「やむを得ない」状況の発生を未然に防げるはずです。

車や家の購入後にアクセス路の幅員が縮小されたのならともかく、これで「やむを得ない理由」と謳うのは甚だ疑問です。順当に考えるなら、
  • 大型の乗用車を持っているなら狭小路沿いの家に引っ越さない
  • その家に引っ越さなければならないなら軽乗用車に買い替える
  • 狭小路沿いの家に住んでいるなら大型の乗用車を買わない
  • 大型の乗用車が必要なら広い通りに面した駐車場を借りる
こうなるはずです。なぜ地域に負担を押し付けてまで、道路に不釣り合いな車を保有・利用できるように抜け道を用意するのか。甚だ疑問です。



5 なぜ抜け穴が有るんだろう

ここまでの要点をおさらいしておきましょう。
  1. 交通安全と道路保全の為、道路幅に応じて車体幅が規制されている。
  2. ドアミラーを車体幅に含めないという測定基準が有る。
  3. 車体幅が道路の規制値を超過していても通行できる例外規則が有る。
1の良心を2と3で帳消しにしてしまっているわけですが、この2つの抜け穴、もしかしたらアメリカの自動車産業からの圧力で日本が用意したのかもしれませんね。過去の法令がどうだったかまでは調べていないので確かな事は言えませんが、ただ、こんな事を指摘する人もいます:

 zam(2015年3月3日)
日本の道路の実情を正しく知ろう!①
自動車貿易の非関税障壁とされた「3ナンバー規制」は、ロクな検証もなく、対米配慮の為に撤廃されました。

/*中略*/

3ナンバー規制撤廃前は、自動車のミラーは、保安基準でフェンダーミラーとされていました。
そしてフェンダーミラーはドライバーの視線移動が少ないうえに、車体からのはみ出しも、ドアミラーに比し極めて少なく特に対人事故に際しては、安全性が高いものでした。
しかし、3ナンバー規制撤廃によりドアミラー中心であった対米配慮により、ミラーの保安基準が変更され、ドアミラーも認められるようになりました。
うーん、やっぱり怪しそうですね。政治の闇を垣間見たような気分だ。