2013年3月19日火曜日

「ゾーン30」研究報告書の感想

生活道路におけるゾーン対策推進調査研究検討委員会が
2011年3月にまとめた
生活道路におけるゾーン対策推進調査研究報告書」(PDF)
の感想文です。



この報告書では、中々減らない生活道路での交通事故に対して、
どのようなゾーン対策を打てば効果的なのかを検討しています。
報告者は大学、自治体、国土交通省、警察の専門家から構成されています。

まず、日本でのゾーン対策の背景には


p.14 (PDF p.20)
ヨーロッパでは、交通静穏化が1970年代から流行した後、
1980 年代になってゾーン30といった面的な最高速度
30km/h規制が広がった。

事が有ります。日本もこれに倣って1996年から
線ではなく面を対象にした規制ができるようになりました。


p.10 (PDF p.16)
平成8年に「道路標識、区画線及び道路標示に関する命令」が改正され、
区域の始点、区域内、終点を示す補助標識が新設されるとともに、
ゾーン規制を行う場合には、道路標識に背板を設けてドライバーに
明示することが可能となった。

(本題から外れますが、海外事例は西暦で国内事例は和暦。
不統一なので時間的な前後関係が分かり難いです。)

このゾーン規制では、西欧諸国に合わせて


p.10 (PDF p.16) 
最高速度30km/hのゾーン規制を実施する

事とされていますが、では「30km/h」という値の根拠は?
これが一番気になるところです。


p.22 (PDF p.28)
「自動車と歩行者との衝突回避」「重大事故の発生回避」
という2つの視点から検討を行った。

では、まず前者から見ていきましょう。


p.22 (PDF p.28)
下記文献によると、10m以内の距離であれば歩行者が
自動車に気づくという記述があり、歩行者の飛び出し等の
突発的な事象に対応できるようにするためには、
自動車の走行速度は急ブレーキをかけてから10m以内で
止まる速度で走行することが望ましい。

走行速度が28km/h の場合に停止距離は約10mとなることから、
自動車と歩行者が衝突を回避するためには自動車の走行速度を
約30km/h以下に抑える必要がある。
10m以内の距離では、歩行者が自動車の接近に気づくため、
飛び出しの確率は極めて小さいと解釈できる。
出典)Dokumente und Diskussion sbeitrage Schnffereihe Band 2,
Steadt Koln

なるほど。怪我をしないに越した事は有りませんから、尤もな議論です。

が、出典の文書が見付かりません。


出典の有無以前に、私が「10m以内なら歩行者が気付く」
という主張に疑問を抱くのは、例えばドイツの直近の統計でも、
大きなノイズを発するディーゼル車が市場の半数近くを占め、
静かなHV車やEV車は日本と違って依然1%に満たないからです。

Competition between different drive technologies in 2011
was once again chiefly restricted to gasoline versus diesel engines.
Compression-ignition engines succeeded in making up a lot of ground,
achieving a market share of just over 47 percent.

The market share of hybrid drives remains at only 0.4 percent,
meaning that these technologies currently play scarcely any role
in the German market. overall, alternative drivelines – electric,
hybrid, gas (as opposed to gasoline) – account for a market
share of less than 1 percent.

出典 ドイツ自動車工業協会 2012年年次報告 p.27 (PDF p.27)
引用文中のcompression-ignition enginesはディーゼル・エンジンの事。

という事は、日本では背後から近付いてくる車や、
交差点で出会い頭の形で近付いてくる車に
歩行者が気付くのは、ドイツより難しくなる筈です。
この観点は報告書では全く触れられていません。

2014年2月8日修正

また、歩行者が気付いて避けてくれるという文脈で、

歩行者の飛び出し等の突発的な事象に対応できるよう
というのはおかしくないですか。
車の接近に気付いているなら飛び出しません。
気付かないから飛び出すんです。自動車の目の前1mとかに。


子供は遊びに夢中になると車の音に気付かず
道路に飛び出す事があります。
音が聞こえれば車の接近に気付くから問題無いというのは、
子供(あるいは耳の遠くなった老人)を切り捨てた、
健康な大人の独り善がりな考え方です。


それから、28km/h走行時に10mで停止なんでしょ?
だったら「約30km/h以下」ではギリギリアウトでは?
なぜこんな、限界を攻めるような設定をするんですかね。

例えば鉄道では、曲線で転覆事故を起こさないように、
曲線で車体に掛かる遠心力などを計算して、転覆が起こる限界速度を求め、
その値の0.4~0.6倍を制限速度としています。かなり大きな余裕です。

こういう視点から見ると、道路交通の専門家は
口先では「安全を」と言いつつ、レーシング・ドライバーのような
価値観に基づいて考えているように見えてしまうんですよね。



次に後者を見ます。

p.23 (PDF p.29)
自動車の走行速度が30km/h を超えると
歩行者が致命傷を負う確率が急激に高まる結果となっていることから、
歩行者等が重大な障害を負う確率を低減するためには、
自動車の走行速度を約30km/h 以下に抑える必要がある。
報告書で引用されているグラフは視覚的に分かりやすいんですが、

WHO (2008) Speed management
Chapter 1: Why focus on speed (PDF), p.5 (PDF p.5)


このグラフは二次加工を経たもので、オリジナルはこっちです。
(報告書では孫引きという事になります。)


OECD International Transport Forum (2006)
Speed Management (PDF), p.41 (PDF p.42)


で、このグラフのデータは更に三つの文書に基づいています。

これと、
Interdisciplinary Working Group for Accident Mechanics (1986),
The Car-Pedestrian Collision. Injury Reduction,
Accident Reconstruction, Mathematical and Experimental Simulation.
Head Injuries in Two Wheeler Collisions,
University of Zurich and Swiss Federal Institute of Technology, Zurich.

これと、
Swedish Road Administration (2002), Vision Zero on the Move,
Swedish Road Administration, Borlange.

これですね。
Walz F., M. Hoefliger and W. Fehlmann (1983),
Speed limit reduction from 60 to 50 km/h and pedestrians injuries,
Proceedings of the 27th Stapp Car Crash Conference,
17-19 October 1983, San Diego, California.



私は二つ目しか読んでいないので、グラフのデータが
どこから出たのかハッキリとは分かりませんが、
上記OECD(2006)のp.40 (PDF p.41) では
撥ねられた歩行者の生存率について、
Other studies have found slightly higher figures---
partly explained by the fact that minor injury accidents
involving pedestrians are often not reported,
thus creating a statistical bias with the available data
とも指摘しているので、多分、交通事故統計でしょう。



となると、このグラフが作られた時点よりも現在(と将来)の日本では
高齢者比率が高くなっている考えられるので、たとえ30km/h以下でも
重大な障害や死亡に至る確率は上がると予想できます。

あと、30km/h以下なら撥ねられても大丈夫って言うんだったら、
委員会のメンバー自身が撥ねられる実験の被験者になってみては?

統計上、死ぬか死なないかではなく、一人ひとりが自分の人生で、
ドカンとぶつけられて吹っ飛ばされる恐怖体験を許容できるか、
という観点も有りますね。私は絶対に嫌です。