2012年7月3日火曜日

亀戸駅前自転車道の利用実態調査

以前書いた「自転車道の幅員は何メートル必要か」の補完。
亀戸駅前の自転車道を現地調査した結果のまとめ。



0. 概要

亀戸駅前の自転車道を観察した結果、利用者の行動から以下の事が推測できた。

自転車同士の追い越しを考慮するなら、自転車道の幅員は最低でも2.9m無いと平均的な利用者は心理的に不安を感じる。

この事から、道路構造令が定める自転車道の最低幅員(実質的には標準幅員として参照されている)は不適切である可能性が指摘できる。


1. 調査の目的


最近各地で整備されつつある自転車レーン・自転車道は、道路構造令(第十条3項)の最小規定である「2m以上」を「2m」と解釈し、これを標準幅員として用いているように思われる。

筆者の身近な例では亀戸駅前、山手通り、荒川河川敷道路の実験区間が有るが、これらは皆、対面通行の上下線合計で2m、一車線当たり僅か1mしか無い。

実際に上記の自転車道・レーンを自転車で通行すると、他の自転車とすれ違ったり追い越したりする際に接触・衝突の危険を感じるし、他の利用者も狭くて走りにくい自転車レーン・自転車道を嫌って歩道や車道を走る場面が少なからず見られる。

何故こんなに狭いのか。

その根拠となったであろう考え方が国土交通省の『道路構造令の解説』に見られる。


図1 占有幅の考え方
「物理的な/*原文ママ*/必要とされる幅員に一定の余裕幅を加え占有幅と考える」


図2 自転車道(幅員)
「対向する自転車がすれ違いできる幅員(2.0m)以上を確保する」


「一定の余裕幅」って何だろう。単に切りの良い数字に丸めただけに思える。

すれ違いや追い越し時の事故リスクや心理的な不安感が考慮されているとは思えない。

「すれ違いできる幅員」を根拠にするのもおかしい。すれ違い時より追い越し時の方が大きな余裕が必要だからだ。(追い越される方は直前まで相手が視界に入らないので、突然横スレスレを追い越されると驚いてしまう。)

自転車の速度は体力差を如実に反映するから、追い越しが発生する機会は多い。

構造令考えた人、自分では自転車に乗らない人間だったのでは?


では、本当は何メートルの幅員が有れば良かったのだろうか。


2. 仮説


ここでは利用者の心理を基準に考えてみる。利用者が安全だと感じれば自転車レーン・自転車道の利用率も上がるだろうから、まあ妥当な考え方ではないだろうか(*1)。

*1
但し、主観的な安全と実際のリスクは必ずしも一致しない。
道路環境というものは
  • 安全に見える & 実際に安全
  • 危険に見える & 実際に危険
の他に、
  • 安全に見える & 実際は危険
  • 危険に見える & 実際は安全
も加えた四象限で考えなければならない。
今回の調査報告はこの点が弱い。

さて、対面通行の自転車道の横断面を考えると、例えば
柵―(1)―自転車―(2)―自転車―(3)―柵
という構成になっている。(両端は柵ではなく植栽や縁石、単なる白線の場合も有る。)

この内の(2)、つまり対向車とすれ違う場合や他の自転車を追い越す場合の側方距離については、
山中英生、半田佳孝、宮城祐貴 (2003)
「ニアミス指標による自転車歩行者混合交通の評価法とサービスレベルの提案」
で心理的に危険を感じ始める側方距離(車体中心間)が1500mm前後との実験結果が報告されている。

となると、残りの(1)と(3)の側方距離が何メートルなら安心できるかが分かれば、自転車道全体の幅員が決まる。これが、不安を感じずに通行できる自転車道の幅員となる。

それなら、実際の自転車道で対向車や追い越し車がいない時に自転車が左端からどれだけ離れて走っているかを観察すれば心理的に安心できる側方距離が分かる筈だ。

(この想定は、対面通行の自転車道を通行する時、普通の利用者ならど真ん中を占拠するような走り方はしないだろうという仮定に基いている。)


3. 調査の方法


というわけで、2012年3月29日(木)に亀戸駅前の自転車道を観察してきた。

図3 亀戸駅前の自転車道

この自転車道は幅員2.0mの対面通行で京葉道路の両側に設置されており、歩道側は縁石と植樹帯、車道側は柵と縁石で区切られている。

東京では数少ない閉鎖型の自転車道(*2)として良くも悪くも有名な代表例である。

*2
車道に隣接して設置される場合、
自転車「道」は柵や縁石などで物理的に区切られている物を指す。
対して自転車「レーン」は物理的な仕切りが無い。
両者は法的な位置付けも異なる。

調査は自転車道の利用実態を動画撮影(640 x 480 pixel, 15fps)により記録し、パソコン上で分析する形を取った。

撮影は京葉道路(国道14号線)と明治通り(都道306号)の交差点上に架かる歩道橋上から行なった。

図4 亀戸駅前

自転車道は京葉道路の両側に有り、交差点の東にも西にも伸びている。撮影はこれら全てを対象とした(地図上のABCD)。

撮影は13~14時の間に断続的に行なった。(合計記録時間は25分間)

分析については、自転車の走行軌跡がペダリング周期に従って左右にぶれるという問題が有るので、自転車一台ごとに走行軌跡が
  • 最も左に寄った瞬間
  • 最も右に寄った瞬間
    (どちらもカメラに収まった範囲内)
の2フレームを抽出し、それぞれ自転車道の左端からの距離を測り、両者の中間値を各自転車の走行位置とした。

但し、
  • 対向自転車や(自転車道に侵入した)歩行者とのすれ違い
  • 他の自転車や(自転車道に侵入した)歩行者の追い越し
  • 複数台の並走
  • 自転車道の出入り口付近
    (歩道と自転車道の間の柵が途切れている箇所。
    自転車や歩行者が飛び出してくる可能性が有る。)
  • 車道との交差部分付近
    (自転車道を車が横断する可能性が有る。)
では自転車道を通行する自転車の走行軌跡に影響が出ると考え、分析対象から除外した。

自転車道の左端までの側方距離は、抽出した動画フレームをパソコンの画面に表示させ、これに定規を当てて0.1m単位で読み取った(*3)。(画面が指紋だらけになった。)

*3
自転車の進行方向に拠り、
  • 歩道側の縁石または車道側の柵から
  • 自転車の前輪または後輪のタイヤまで(車体中心と見做す)
の距離を測定し、これを同地点の
  • 歩道側の縁石から車道側の柵までの幅(2.0m)
で除して求めた。(遠近法による誤差を避けるため。)

実験手法としては路面に距離の目安となるマーカーを貼り付ける事も考えられるが、被験者がマーカーに影響されて普段とは違う走行軌跡を取る事が予想される為、好ましくない。というか公道なので勝手に路面を弄れない。


4. 結果


有効な分析対象は93台となった。重複(同一人物が運転する自転車を複数回記録)は無かった(と思う)。

台数の地点別の内訳は、地図のA地点が69台、B地点が18台、C地点が5台、D地点が1台。

以下に分析結果をまとめた。


表1 分析結果 (n=93)
項目左端右端振幅走行位置
平均0.590.880.280.73
標準偏差0.150.220.180.16
minimum0.300.300.000.30
5 percentile0.360.600.000.50
median0.600.800.300.70
95 percentile0.841.240.641.00
maximum1.001.600.901.30

表の各項目について説明する。

数値の単位はメートル。

【左端】、【右端】、【走行位置】の値はいずれも、
自転車道の左端(各自転車の進行方向基準)から
自転車中心(前輪または後輪のタイヤで計測)までの距離。

【左端】は、録画された走行軌跡の内、最も左に寄った瞬間の距離。
【右端】は同じく最も右に寄った瞬間の距離。

【振幅】は【右端】-【左端】。
【走行位置】は【左端】+【振幅】/2。

結果、走行位置は自転車道の左端からの距離で

0.73m(平均)

だった。

これは現地で得た印象と一致する。平均的な自転車は自分のレーンの中心を走行するのではなく、自転車道の左端からレーン幅の3/4くらい離れて走行している。

ヒストグラムもどうぞ。

図5 走行位置の度数分布

0.6mと0.7mに分布が集中している。また分布の尻尾が自転車道の中央側に伸びている事にも注目。道路構造令が想定したであろう0.5mとは反対側に伸びている。

図6 走行軌跡の右端と左端の度数分布

こちらは走行軌跡の左端と右端それぞれの度数分布。左端(ピンク)は柵という物理的な限界が有る為、分散が小さい。対して右端(グリーン)は反対車線にもはみ出せる為、バラつきが大きい。

図7 走行軌跡の振幅の度数分布

走行軌跡の振幅を見ると、意外と真っ直ぐ走れている自転車が多い。


5. 結論


という事で、左端から0.7mが心理的に安心して快適に走れる平均的な側方距離だと考えられる。

これに上述のすれ違い・追い越し時の安心距離1.5mを加えると、

端―(0.7m)―自転車―(1.5m)―自転車―(0.7m)―端

で、亀戸駅前自転車道の場合は(*4)、合計2.9mが平均的な利用者にとって安心な幅員だろう(標準偏差0.16も加えるなら3.3m)。

これが直ちに最適な幅員を意味するわけではないが、少なくとも構造令の「2メートル」よりは良いでしょ?

*4
但し、亀戸以外の場所にこの値を使う場合は構造物の配置や寸法など諸条件の違いを考慮する必要が有る。

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ついでに、道路構造令が主張する自転車一台の占有幅(1.0m)について、調査結果を元に評価してみる。

今回の調査で得られた走行軌跡の振幅も考慮すると、構造令が想定する占有幅に含まれる余裕は
a - (b + c) = d

a 占有幅 100cm
b 振幅の最頻値 30cm
c 運転者の身体も含めた自転車の最大幅 57cm
d 余裕
と、僅か13cm(片側6.5cm)しか無い。

ママチャリで一般的なセミアップハンドルの場合、ハンドルを握った手の小指が最も外側に来るので、ちょっと横風に煽られるとか、飛んできた虫に驚いてハンドル操作が狂うだけで、自転車道の柵に手をぶつけてしまいそうだ。

単独走行時は端から離れて安全マージンを確保できるが、対向車とすれ違う場合や追い越しをする場合は端に寄らざるを得ず、こうした可能性にハラハラしながら通行する事になる。

各地の自治体や国道事務所は構造令を疑った方が良い。


以上、調査報告でした。


6. おまけ (2012年7月5日追加)


今回は各自転車の走行軌跡の振幅というデータも得られたので、ついでに振幅と走行位置の関係も調べてみた。

予想
真っ直ぐ走れる(=振幅が狭い)自転車はちゃんと左側通行を守れるので、走行位置(左端からの距離)は小さな値になる。

対して、ふら付く自転車は走行軌跡が右に左に大きくブレる為、走行位置は中央よりに大きくずれる。

検証方法
今回の調査で得た各自転車の走行位置と走行軌跡の振幅の相関係数を求める。

結果
データの分布は以下の通り。横軸が振幅、縦軸が走行位置。

図8 振幅と走行位置の関係

振幅が広がるほど走行位置が左端から離れていく傾向が見える。両者の関係をRで求めた結果、相関係数は0.43、1%水準で有意だった。以下、Rの出力。
        Pearson's product-moment correlation

data:  depth and center
t = 4.5487, df = 91, p-value = 1.661e-05
alternative hypothesis: true correlation is not equal to 0
95 percent confidence interval:
 0.2484886 0.5830017
sample estimates:
      cor
0.4304099

最大の振幅を記録した2台のデータは以下の通り。

表2 最大振幅サンプル(単位m)
ID左端右端振幅走行位置
130.41.30.90.85
590.51.40.90.95

自転車自体の幅員が0.6m有るので、【左端】の物理的な最小値は0.3。この2台の【左端】はそれに迫る水準ながら、対向車線にはみ出すほど振幅が大きい為、【走行位置】が殆ど自転車道のど真ん中になってしまっている。



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