2011年10月12日水曜日

トウェンティヤの推理

10月6日の日経新聞夕刊、
青山七恵さんのコラムが興味深かった。

東海道新幹線で旅行に行った所、
次の駅が近付いてきたタイミングで流れる
案内放送の英語が

「プリーズ・チェンジ・トウェンティヤ」

トウェンティヤ?
to went here?
twentier?
トウェンティヤって一体なんなの、という話。

結局正解はtrains hereだったというオチなのだが、
なぜtrains hereがtwentierに聞こえたのか。



まずはコラムニストが実際に聴いたであろう音声を探す。
車内放送は鉄道趣味の対象なので易々と見付かる。
http://www.youtube.com/watch?v=ZqbXayQPySM

ああ、確かに「トウェンティヤ」に聞こえる。
放送音声の品質も高いのになぜ聞き間違えるんだろう。

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1. wとr

一つ目の聞き違いはtrainsの頭のtrをtwと捉えた点だった。
二つの子音の特徴を比べると共通点が有る事が分かる。

/r/ 唇を窄めて突き出す、舌先を上に反らす
/w/ 唇を窄めて突き出す、奥舌を持ち上げる

自動放送では"trains here"を発音する時
/r/の舌先を上に反らす動作が弱まっていた。
その為、実際の音が/w/の音に近付いた。

2. nsとt

二つ目の聞き違いはtrainsの最後のnsをtと捉えた点だった。
nsとtでは掛け離れている様に思えるが、
これには日本語の性質が絡んでいる。

日本人がtrainsを発音すると、
nの時に舌先は上がらず、上顎には接触しない。
(代わりに鼻に呼気を通して[n]っぽくする。)
従って後続のsはnの影響を受けず、[z]と発音される。

対してネイティブ(東海道新幹線ではイギリス英語)は
nの時に舌先を上げて上顎に接触させる。
(そうしないと[ŋ]という別の音に聞こえてしまうからだ。)
従って後続のsが影響を受け、n+sで[ts]の様に発音される事が有る。

これに新幹線の走行音が被さると
[ts]の高周波ノイズが目立たなくなり、
低周波ノイズを持つ[t]の様に聞こえる。

3. 消えるh

さて最後の聞き違いはhereを-ierと捉えた点だった。
まず、日本人が発音するhereの/h/が
ネイティブと違う事が理由に挙げられる。

日本人がhereと発音する時の/h/は
寧ろドイツ語の[ç]に近い音で、ノイズ成分が大きい。
対して英語のhereの/h/は
日本語で「へ」という時の子音に近い[h]で、ノイズが目立たない。

これが新幹線の走行音に隠され、
恰も[h]が消えてしまったかの様になる。