2009年9月20日日曜日

未知語のアクセント

或る神社で結婚式の雅楽演奏を時々お手伝いしています。

 行進しながらの長い長い長ーい演奏は篳篥吹きには結構キツいのですが、吹き終わって社殿の席に着くと、ほっと一息、神前結婚式を参列者の方々とは違う視点から見れて中々興味深いものが有ります。

 さて、式の中ほどに「新郎が誓いの言葉を読み上げる」というのがありますが、これは言語学的には「改まった場面での発話」として典型的な例ですね。しかも、読み上げる宣誓文はどの挙式でも同じで、データとしての性格も面白いです。

 音声学好きとしては子音の調音点や母音の音色、ポーズの入れ方も気になる所ですが、音韻面はまた、綺麗な型分類ができる魅力が有ります。最近、特に耳を傾けているのが、「相愛し」という、普段余り使わない派生動詞で、これは三つの型に分かれるようです。

1. あ↓い↑あ↓いし
2. あ↑いあ↓いし
3. あ↑いあいし

音程の上がる所を'↑'で、下がる所を'↓'で表示しました。

  1番は接頭辞「相-」と動詞「愛す」それぞれがアクセント核(音程の下がる所)を持っているタイプです。「相-」が付く動詞は「相次ぐ」以外だと「相通ずる」とか「相済まない」とか「相成る」とか、時代劇めいたものしか見当たりませんが、どれもアクセント型は1番と同じなので、時代劇を見た事がある新郎はこれらから類推しているのかもしれませんね。

 2番は派生動詞で一般的な中高型を適用しているようです。「つっ突いて」とか「ぶち撒いて」と同じですね。「同じ語彙グループの語は同じ発音で」というのは歴史的に見られる傾向のようで、言語が整合性を求める力の表われと解釈できます。新郎は、よりシンプルで分かり易い方向を指向しているのかもしれません。占いっぽい(笑)

 3番は平板アクセント(下がる所が無いアクセント型)。和語に多く外来語に少ないので、馴染みのある語は平板アクセントが多いと言われています。実際、ニュースなどで耳にする「あ↑お↓もり」、「な↓がの」というアクセントも、地元では「あ↑おもり」、「な↑がの」と発音するそうです。でも「相愛し」の様な滅多に使わない言葉が何故平板アクセントになるのか。実はこの問題は結構難しくて、まだ良く分かっていません。新郎の意図も分かりません。

 或る語のアクセントがどの型になるか。今まで提案されてきた法則には、馴染み度の他に音節構造(「たんたか」か「たかたん」か「たーたか」か)、語の種類(「動物の名前」、「複合語」、「形容詞」、「略語」、「外来語」などなど)、社会的な要因(仲間内で使う、親密さを表現する)などが有って、うまく説明できる場合も有るんですが、法則同士が競合した時どれを優先するかなど、単純には割り切れない所が残ってしまいます。もう、フランス語の名詞 genre の如く不可解ですね。日本語を勉強する人も大変だ。

 ところが日本語が母語の人は初めて見る単語でもそのアクセントが大体分かってしまいます。例えば指揮者のカラヤン、「カ↓ラヤン」ですが、これをカンヤラにするとまず「カ↑ンヤラ」になる。はい何故でしょうというのが『アクセントの法則』という本に分かり易く書いてあって、面白く読めました。(これは音節構造の一例)

ポケモンも世に最初に出た時、151もの名前のアクセントがすんなり決まったのは考えてみれば驚きですね。(フランス人はいまだに 'manga' を男性名詞にするか女性名詞にするかで揉めているというのに。)「フ↑シギ↓ダネ」から「ミュ↓ウ」に至るまで、研究者でも説明しきれない事を10歳にも満たない小学生の脳が処理しているなんて。

 次々と生まれる新語と言えば、アニメや漫画のタイトルもそうですね。最近は4文字のタイトルが妙に多いなと思って調べてみると、(略称ではなく元から)4文字の作品は2006年前後に突然増えたみたいです(wikipedia 上では)。単純に数だけ数えても面白く無いので各タイトルを音節構造別に分類してみる事にしました。

(音節構造という考え方では、「た」、「たん」、「たー」、「たっ」、文字数は違いますがどれも1つのリズム単位として捉えて、「た」は軽い音節、「たん」と「たー」、「たっ」は重い音節と分類します。)

すると案の定、軽い音節が連続する構造(「たたたた」)のタイトルが最多でした。古くは「犬夜叉」や「ラブひな」に始まり、「月詠(つくよみ)」、「ぱにぽに」、「怪(あやかし)」、最近では、「みなみけ」に「らきすた」など一過性とは言えないほど安定して生まれていますね。

更に、この「たたたた」構造のタイトルをアクセントで分類すると、やはり予想通り、平板型が最多でした。これには「語末に軽い音節が連続すると平板化しやすい」という法則(上の本から)の他に、「何かの略語だと感じられる語は平板化しやすい」という法則も考えられますね。

上で挙げた中では「み↑なみ↓け」が例外ですが、これは「みなみ+け」と分析して複合語のアクセント規則を適用しているからだと考えられます。実際、「南家」だと知らない段階では「み↑なみけ」とも読めました。(例えば「みなしごミケランジェロ」の略だと考えて)

 こういう結果を見ていると、2006年以前にも4拍で読めるタイトルは有ったものの、2006年頃に「たたたた」音節構造が激増したのが、聴覚的にも視覚的にも「4文字が増えた」と感じさせる要因になったのではないかと想像してしまいます。

 平板アクセント繋がりでもう一つ。「最近の若者は何でもかんでも平板アクセントで発音する。日本語の乱れだ!」と上の世代の神経を逆撫でしている様ですが(彼氏は「か↑れし」じゃなくて「か↓れし」だ!とか)、それが日本語として「乱れ」かどうか、早計な判断はできません。

アクセントを置かないで平らにさらさらーっと流せるというのは日本語の発音の個性でもあります。電車の自動放送で"the next station is しんじゅーくー"なんて抑揚たっぷりに言ってますが、あんなのは日本語じゃない。平板化アクセントは寧ろ日本語を保存する力の表れとも捉えられます。(そうじゃないかもしれませんが)

アクセントが全部平板化したら「橋」と「端」と「箸」はどう区別するんだ、「雨」と「飴」は?と心配になるかもしれませんが、現実に、いくら高年層が「昭和」を「しょ↓うわ」と言い、若年層が「しょ↑うわ」で通しても意味はちゃんと通じていますし、もし本当に意思疎通に差し障りが出たら、揺り戻しなり何なりが自然に起こるはず。心配しなくても放っておけば上手く回っていくと楽観して良いのではないでしょうか。